あの日の君に逢えたら、伝えたかったことがあるんだ。
* * *
「なぁなぁ、イレイザー!これ知ってるか?」
昼の職員室。
ゼリー飲料の昼食を済ませ、とっとと睡眠を取ろうと寝袋を取り出したところだった。
まるで鳥のようだと称される同僚は、新しもの好きで派手なものが好き、そんなアイツに似つかわしくない少し色褪せたような古いパッケージングの袋を片手に近寄ってきた。
「何だよ、俺今から寝るんだが」
「まぁちょっと待てって!これ!」
ずずいと目の前に差し出された袋には「おもいで金平糖」と書かれている。下には小さく「あまなつ屋」と記されていて、どうやらこの金平糖はそのあまなつ屋の商品のようだった。
だから何だ、と咎めるように顔を顰める。
元々目付きが悪いのも相俟って普通はコレで大体の人間は萎縮するのだが、一応10年来の付き合いになるこの「同期」には全く通用しないようだった。ニコニコ笑顔で更に続ける。
「いいか?よく聞けよ?『おもいで金平糖は創業120年を誇る飴屋”あまなつ屋”の看板商品です。あか・おれんじ・れもんの可愛い金平糖は夕焼け色のようだと…』」
「薀蓄はいい。用件を言え」
「シヴィーーーー!!」
五月蝿い。目の前で叫ばれるのは普通にいつもの倍五月蝿い。
拗ねたように口を尖らせるそいつに苛立ちを隠さずも対応してやっている俺に感謝して欲しいくらいだった。ほら見てみろ。隣の席のミッドナイトさんなんて、面白そうに観察しつつ絶対に関わりたくないって他人事の顔してるぞ。
「ファンの子から事務所に送られてきたんだよな!何でもその子の住んでるとこに売ってて色々ジンクスとかあって有名なんだってよ〜!…つー訳で、イレイザーにもお裾分け!」
「あ、おい!」
がさがさと袋を漁り、俺の手を取り、無理矢理数粒握らせて去って行った。本当にお裾分けしたかっただけらしい。そして随分と上機嫌だった。
奴が出て行った扉を暫し眺めていたら、入れ違いにリカバリーガールが入ってきた。彼女が職員室に来るなど珍しいこともあるものだ。
「おや、イレイザーヘッド、懐かしいお菓子を持っているね」
「えぇ、まぁ…御存知なんですか」
勿論だよ、と得意そうに彼女は答えた。そう言えばお菓子が大好きな人だった筈だ。
数瞬そんなことを考えていると、リカバリーガールはすぅ、と小さく息を吸った。
「あーまなつ屋―のこんぺいとーう
夕焼け色―のこんぺいとーう
ひーとつぶー口にふくめばー
むかーしの夢をー見せーてくれーるー」
ぽつり、ぽつり、お世辞にも上手だとは言えなかったが、幼い頃に聴いた祖母のような優しい歌声が、真昼間の職員室に響いた。ぱちぱちと背後のオールマイトさんが拍手をする。
「……戦時中なんかは、大切な人の無事を願って一粒一粒食べたんだよ。ほれ、イレイザーヘッド。そんなに握り締めていたら金平糖が溶けてしまうよ。早くお食べ」
…嫌な予感がして、少々気が進まなかったが、食べ物に罪は無い。ここで持ち続けるのも捨てるのも合理的では無い気がした。ぽい、と口に数粒一気に放り込んだ。あか、おれんじ、れもん色々な色の其れが、口の中で色々な味を弾かせた。甘い。そういえば久しぶりの固形物の気がする、と少しだけゼリー飲料よりは長めに味わって、出しっ放しの寝袋に潜り込んだ。
微睡みに、落ちる。
* * *
ほら、やっぱり。ろくでも無いことになった。
「おい、オッサン。大丈夫かよ」
「………」
どういうことだ、此れは?俺は確か職員室の床で寝ていた筈だ。愛用の寝袋に包まって。しかし今此の状況はなんだ?目の前には茶のサングラスを掛けた金髪の少年と、ぼさぼさの黒髪を無造作に襟足まで伸ばした少年が居て、寝転ぶ俺を見下ろしている。寝袋は一体何処にいった?どうして俺は、草むらで寝転んでいるんだ?
「おーい?大丈夫かぁ~?…消太ぁ、どうしよう、此のオッサン目覚ましたのに反応しねぇ…死んでるのかな」
「死んでたら目は開かねぇだろ」
ごもっともなツッコミだ。無駄が無い。「消太」と呼ばれた黒髪の少年は面倒くさそうに、それでいて警戒心剥き出しで俺を見つめたままだ。…と云うか「消太」?
「…ひ、ざし」
「え!?そ、そうですけど!?何でオッサン俺の名前知ってんの!?」
マジか。
有り得ない現実に目の前が一気に暗くなった気がした。
目の前にいる金髪が「ひざし」で、其の隣にいる更に警戒心を強めた黒髪が「消太」だと言うのなら、其れが嘘偽りなき本当の話だと言うならば…
此の二人は俺と、先程金平糖を渡してきた同期…プレゼント・マイクだ。
「…おい、浮浪者だか何だか知らねぇが、素性を明かせ。じゃねぇと今すぐ警察に突き出すぞ」
「ちょちょちょ、消太ちょっと待とうぜ。本当に唯の小汚いだけのホームレスかもしんないじゃん!」
(お前ら言いたい放題だな)
「馬鹿言え。幾ら体育祭で名前と顔が知れてるとは言え、特に表彰台に上がった訳でもねぇお前を記憶してたら怪しいだろうが」
「オーマイガ…消太…其れは流石の俺も傷付くかな…」
…コイツ、こんなだったっけ。と云うか俺とマイクって傍から見るとこんな風に見えるのか。
そんな場違いなことを思いながら、さてどうしたものかと少し頭を回転させた。教員免許証もヒーローの活動認可証も、どちらも勿論携帯しているが其れを見せたところで此の二人はきっと受け入れないだろう。だって、コイツらが本当に「俺」と「マイク」なのだとしたら、此処は俺の居た場所より「過去」だと云うことになるからだ。
(頭が痛い…アイツが渡してきたもんなんか食うんじゃなかった)
考えられる原因はどう考えてもマイクが渡してきたあの金平糖だろう。非常に非現実的だ。だが現実に起こっている。試しに手の甲を抓ってみたが、痛い。夢では無いようだ。俺は過去に来てしまったんだろう。
(敵の個性か…?だとすると厄介だが、そうすると何処かにマイクがいても可笑しくなさそうなもんだが…「過去」っつっても色々ある。俺と違うところに飛ばされた可能性も無きにしも非ず…若しくはどれか一つにだけ個性が作用していて、其れを偶々俺が口にしたか…)
考えられる可能性を頭の中で上げ続けるがどれもしっくりこないどころか、そもそも正解に辿り着けないのだ。
このまま考え続けるのは合理的では無いと判断した俺は、ふうと一つ溜息をついた後、未だ話を聞きそうなひざしの方を向いた。
「おい、今は何年の何月だ」
「へ?えーと…」
唐突に話し掛けられたひざしが脳内で質問を処理出来なかったようで少し考えていると、消太の方から答えが返ってくる。ご丁寧にスケジュール帳まで提示してくれた。示されるは、過去の日付。間違いない。そうして先程の話も総合すると、入学して間もない頃の雄英体育祭の後だ。マイクとも出会ったばかりの頃だが、コイツともうこんなに仲良くしていただろうかと不思議に思った。一緒にいる時間が思ったより長くなってしまって、最初の頃のことがもう朧気になっているようだ。
また、少し考える。今すべき選択はどれか。残念ながら此処でマイクとの頭の違いを叩き付けられてしまう。よく回る舌、同じだけ早く回る脳みそ。非合理的に出来ているように見えて、俺より合理的に出来ているマイク。アイツなら舌先三寸で此の状況を「合理的虚偽」で切り抜けられるんだろう。
「…おい、いい加減にしろよオッサン。お前の質問に俺らは答えた。お前も答えろ。何者だ?」
痺れを切らしたらしい消太がそう口を開く。駄目だ、俺には此れしか今の段階では思い付かない。
寝るときには付けていなかった筈なのに、何故か装着されている腰元の小物ケースから、教員免許証とヒーロー活動認定許可証を取り出し掲げた。
二人の少年の目が見開かれる。
「俺の名前は相澤消太だ、よろしくね」
何が「よろしくね」だと自分でも思った。其れはコイツらも同じだったようだが、それより驚きが勝ったようだった。ひざしが口を開いた瞬間、バッと目を見開いて見つめた。
「えええええ………ん?待てよ消太!俺の声消さないで!!」
「は?俺じゃね……あ、」
「信じたか?」
何年腐れ縁を続けてると思ってるんだ、と心の中でほくそ笑んだ。マイクの驚くタイミングや、どういう場合個性がうっかり出てしまうかなんてもうすっかり把握出来ている。其のタイミングを計ってマイクの個性を「消す」なんて寝起きでも出来ることだ。…そこまで考えて、何をそんなことに得意気になっているんだ俺は、と少し頬が熱くなるのを感じた。
* * *
「…えーとつまり?消太がオッサンで、オッサンは消太ってことだよな?」
「最高にややこしい言い方してるが、まあそういうことだな」
「……幾らなんでも小汚くねぇか」
「残念だったな、此れが未来のお前だよ」
ニカッと笑って――マイクに「トトロみたいな其の笑顔やめなさい」と何度か言われた其れで――そう告げれば、消太は苦虫を噛み潰したような顔をした。そんな顔しても辿り着く未来は此れだ。
――あの後、幾らでも草むらで話しているのもどうなのかと云う話となって、取り敢えず近くの喫茶店に入った。
ひざしはコーラ、消太は烏龍茶を頼んでいた。俺はブラックコーヒー。店員に「なんだコイツ」的な目を向けられたがいつものことなので気にしなかった。
「へー!けどさ、消太ちゃんとプロヒーローやってんだな!良かったじゃん!」
「…ま、まぁ……」
ひざしが無遠慮に消太の背を叩きながらそう言う。消太も満更でもなさそうなのが雰囲気から伝わってきた。こういうところは未だ年相応か。当時は思ってなかったが。
「…けど、オッサン」
お前は此の期に及んでも俺のことをオッサンと呼ぶんだな、と思ったが、ひざしもそうだったなと思ったのと突っ込んで話をぶった切るのも面倒だと思い立ち黙っていた。
「其の目の下の傷、なんだよ」
「!」
表情には出さなかったが、少し身体が強張ってしまった。目の下の傷痕…USJ襲撃事件の際に負った傷だ。
…教える訳にはいかない。暖かい未来を夢見ている若人に、残酷で非常な未来は未だ見せなくていい――…個性の発動が不安定になっていて、視力も少し落ちている現状を、今知らせる必要なんて無い。
「…少し、な。敵と対峙した傷が深くて、ばあさんの治療が追いつかなかったんだよ」
「そ、そんな大怪我負ったのか?消太…オッサンが?」
しまった、と思った。事実を柔らかく伝えつつ、細かいところはぼかそうと思ったのに、ひざしが思ったより不安そうな顔をしていた。其の顔は、つい最近似たモノを見ていた。背景が白い天井に切り替わる。悔しそうな、不安そうな、色々な感情の綯い交ぜになった、マイクの顔が浮かぶ。
…お前は、昔から、俺の心配をし過ぎだろう。
「心配無い。個性にも問題は無かった。もうとっくに回復してるから」
ぽんぽんと机を挟んだ向かい側の小さな鶏冠を撫で付ければ、ひざしの頬がボッと朱に染まった。嬉しそうだ。対称的に、隣の消太はムッとした表情になる。おや、と思った。こんなに昔から意識していただろうかと。
「…ね、ねぇ!俺は?俺はプロヒーローになってんの?勿論なってるよな?!」
「あぁ、なってる。相も変わらず五月蠅くて、騒がしくて、人気者さ」
「ヒューーーーーーーーーーーー!聞いた!?消太聞いた!?俺、人気者だって!プロヒーローだって!」
「大半悪口だったけど良いのかよ?まぁそれより……オッサン、未だコイツと一緒にいんの?」
消太が少しだけ驚いた顔でひざしを指差しながら言った。喜んで舞い上がっていたひざしも、はたと気付いたように俺を見た。…しまった、どうも今日は口が滑る。非現実に未だ身体が順応してないようだ。
「…さぁ、どうだろうな」
苦し紛れにそう言い逃れるも、ひざしにも消太にもお見通しのようだった。
コイツらの脳内ではどういった状況が思い描かれているんだろう。俺とマイクが、どういう関係で想像されているんだろう。
「じゃあさ、じゃあさ、早いとこ帰んねぇとな!敵の個性かなんかわかんねぇけど、急に消えたんだったら俺きっと消太のこと探し回っちゃうし!」
「探し回るのかよ」
くす、と消太が笑った。其れを見てひざしも嬉しそうに口元緩める。なんだこりゃ。甘酸っぱい青春の一頁ってやつかよ。
「素直じゃなかったんだな、俺も、マイクも」
ぼそ、と呟けば、面喰った顔で二人が此方を見てきた。自然と口元が緩む。あぁ、余計なことを言ったかもしれないな、と頭の片隅で思ったが、そのまま黙っていた。優秀なヒーローの卵たちよ、目の前の未来に思いを馳せて、無限の可能性を思い描け。案外、現実はお前たちにそういう面では優しいみたいだから。
「…そ、そういや消太、本当にイレイザーヘッドって名前のままプロヒーローになってくれたんだな!」
「あ?」
「こないだ授業でヒーロー名考案したんだけどさ、消太が「決めてない」って言ったから、じゃあって俺が提案したら消太「其れでいい」なんて言って本当に採用しちゃうから、どうなることかと思ってたんだけど、使ってくれてるんだなぁって」
にこにこと破顔したひざしの隣で、少し頬を朱に染めて居心地悪そうな「消太」。そういえば、ずっと思っていたことがあったんだ。あったけど、一度もアイツに言ったことがなかった。今更気恥ずかしくて本人に言えなかった。けど、コイツなら…まだ何者にもなってない、ボイスヒーローでも、ラジオDJにもなっていない「山田ひざし」になら言える気がした。
「…なぁ、ひざし」
「ん?どうしたの、オッサン」
「ありがとうな」
そう一言告げれば、ひざしも消太もまた面喰った顔をした。構わず続ける。
「あの時お前が付けてくれなかったら、俺は今プロヒーローでは無かったかもしれない。卵どもの前に堂々と立って教鞭を揮える存在にはなってなかったかもしれない。お前が付けてくれた「イレイザーヘッド」と云う名前が、幾度となく俺を奮い立たせてくれたよ。いつでもお前が横で背を押してくれてるようで、時には横で支えるように。お前が名前で縛ってくれたから、俺は死なずに帰ろうと思える」
――プロヒーロー イレイザーヘッドの名に於いて、戦闘を許可する!
あの時、何を思っていたっけ。つい先日の林間合宿を思い返す。緑谷にそう伝えた時、生徒に自衛の術を持たせることのみに執着していた訳では無かった。――此の名で、此の名を叫ぶことで、此の名に重きを置くことで、
「違う」
不意にひざしがそう言って、俺はハッと顔を上げた。少年二人は、妙に大人びた顔付きで俺を見据えていた。
「違うよ、オッサン。…いいや、イレイザーヘッド。其れは俺の力じゃない。イレイザーヘッド自身の力だ。俺が…山田ひざしが何をした訳でも無い。相澤消太ってのは、そういう男だ。俺はそうだと思ってる。未だちょっとしかいねぇけど…オッサンの方が解ってるんじゃねぇの?」
ドキッとした。まるでマイクに咎められたようだった。俺を見つめる未だ幼さの残る双眼に、確かにプレゼント・マイクの面影を見た。ああ、連日のごたごたで少し疲弊が溜まっていたようだ。
「よく解らねぇが…そう思い込むのは勝手だけど、なんとなくだが、コイツは、きっとそんな心算全くないと思うぜ」
消太がそう口にする。ああそうだな、とすとんと胸に言葉が落ちてきた。
どうしてだろう、先程会ったばかりなのに今無性にマイクに会いたくなった。どうも最近心が弱っている気がする。俺らしくない。こんな感情、実に非合理だ。解ってる。けど、もう今更手放せない。
「はは…歳取ると、どうも脆くなっていけねぇな」
「オッサン幾つだよ…」
「…まぁ、けど良かったんじゃねぇの」
消太の台詞に小首を傾げる。ひざしも不思議そうに消太を見ていた。
「改めて考えられただろ。其れに、アンタ「其れ」が言いたかったんだろ?どうせ、未だに言えないでいるんだろうから」
「…よく解ってるじゃないか」
「俺のことだからな。大体、把握出来た」
「え?え?俺だけ何も解ってない感じ?消太同士で解り合って俺のことハブにすんの!?」
ぎゃいぎゃいとひざしが喚き出した。消太はうるせーなぁと耳を押さえながら、楽しそうに笑っている。
懐かしい日々を思い出した。微笑ましい光景だ。
ひざしの頼んだコーラはすっかり空になって、氷が半分溶けていた。
* * *
「それじゃあ、俺らそろそろ帰るけど、オッサン大丈夫?」
「ああ、直ぐ帰れそうな気がするから大丈夫だろ」
喫茶店を出て、曲がり角でそう話す。別れの時間だ。帰れる保証なんて全く無いが、いつまでも引き留めておく訳にはいかなかった。まだ少し心配そうに何度か振り返るひざしを、消太が咎めながら、二人の影は曲がり角の先へ消えていく。
「…さぁ、どうするか」
金はあるから、そこらで寝袋を調達して、ゼリー飲料もついでに揃えれば暫くの野宿くらいなんとかなるだろう。
そう考え歩き出した時、背後から走って近付いてくる足音がした。反射的に捕縛布に手を掛けながら振り返ると、走ってきたのは見送った筈の消太だった。
「お前…」
「なぁ、教えろよ。その眼、やばいんじゃないのか」
「…どうしてそう思うんだ?」
「アンタさっき「個性にも問題は無い」って言った。目の下に傷がついただけなら、眼球に支障は及んでねぇだろう、普通。けどお前はそう言った。つまり、その傷は「目」そのものに影響があるような怪我の残りなんだろう?」
…全く、昔から人の粗探しを平気でする性格だった自分に嫌気が差す。
「俺なら大丈夫だ。寧ろ教えることで其れを回避するように動け――」
「其れはしないな」
消太の言葉を遮ってそう告げれば、消太は少し不服そうに俺を見た。其のガキみたいなやはり年相応の表情に、にやりと口角が上がった。
「あの場では此れが最善策だった。お前だってプロ目指してんだろう?命を賭して、人救けんのがヒーローだ」
俺がそう続ければ、消太は一瞬呆けた顔をしたあと、意志ある表情に変わった。消太の背後からひざしが叫びながら駆け寄ってくる。
「…なあ、もう一ついいか?」
後ろから駆けてくるひざしを確認しながら消太がそう聞いた。俺は黙って頷く。
「アンタは今、山田ひざしとどういう状態なんだ?」
ド直球ストレートな問い掛けに、ああこんなに昔から無意識に意識していたのかと思わず笑い声が出た。笑い出した俺を見て、消太は怪訝な顔と不安を綯い交ぜた顔をする。そんな顔すんなよ。
「”プレゼント・マイク”は俺の――…」
* * *
「HEEEEEEEEEEEEEY!!イレイザーヘッド!授業始まるぜウェエエエエイクアップ!」
「………うるせぇ」
「起こしてやったのに其れは酷くない!?」
気が付くと、そこは職員室の床だった。周りには愛用の寝袋が纏わりつく感覚。目の前にはちょび髭を拵えた、先程より歳を重ねたひざし…もといマイクの顔。近い、と寝袋から出した手で顔を押し退ければ、べろ、と掌を舐められた。ギョッとして勢いよく起き上がりマイクを弾き飛ばす。お知らせの紙が溜まった棚に激突したマイクは「いってぇ!酷い!乱暴!」と喚き出した。
「おま…!何してんだ!」
「いや~イレイザーがいけずだから…」
「理由になってねぇよ」
マイクの言い訳を一蹴すると、ぶうとむくれた顔が返された。お前がそんな顔しても可愛くないぞ。
そんなことを思っていると、不意ににや、と笑ったマイクが、渦巻いた瞳を細めて言う。
「…”おかえり”、俺のマイラヴァー?」